鎌田 友子先生

ニックネーム 友ちゃん
担当学年 いつもさわやか事務
担当教科 ☆☆☆
趣味 旅行
特技  
ひとこと 長い間に数多くの子ども達との出会いがありました。知り合えたみんなで、とてもいい時間を過ごして来ました。みなさんもご一緒に仲間入り、どうですか?

運命の赤い糸はあのときからつながっていたのかもしれない

 ずっと昔という訳じゃないけど、少し昔の話です。

 群馬県の片田舎で、私は17歳を迎えていました。長い髪を三つ編みにして、制服をきちんと着て女子高に通っていました。部活もせず、もっぱら帰宅部でした。当時人気のあったバレーボール部に入部した初日に帰宅が夜の8時になってしまい、教師だった母親から「そんな部活はやめなさい」と一喝され、やめさせられてしまいました。70年安保等にも全く興味なく、ただ5人兄妹の末っ子で、父親が45歳のときの子ども(スゴイでしょ!)以外は平凡な毎日でした。

 実は、こんな私に運命を左右する大事件18歳に起きたのです。

 大学受験を控えていたにもかかわらず、ケーキ屋でアルバイトに明け暮れていた私。正社員の若い女性たちの間にまじって、楽しく働いていました。当時からケーキの大好きな私には、この上ない職場でした。

 そんなある日、度々通ってきていた大学生のグループの一人が、私達の同僚の一人に恋をしたのです。仲間たちが、協力し合って二人のために合コンを企画しました。アルバイトの私も、人数合わせのために参加させられることになりました。何もかも初めてのことで緊張はしたものの、とても楽しい会でした。残念ながら当の二人は仲間の努力も空しく、おつき合いすることにはなりませんでした。人数合わせに参加した私は、当然一番隅の席でした。その前に偶然座ったのが今の主人でした。赤い糸がついていたのか、見えたのか定かではありません。

 しかしこれがきっかけになって、私の家に家庭教師として来るようになり、父母公認の交際が大学入学後に始まりました(実際は私が大学1年の時、主人は大学4年で一年間のつきあいでした。その後主人は上京し遠距離の恋愛となってしまいました)。私にとって知り初めし淡い恋でした。

 しかし、今年結婚○○周年を経て、新たなスタートを切ったように思います。「あのころはミニスカートが流行っていた。もう少しスカートが長かったら、こういうことにはならなかったと思うけど……。」冗談交じりの主人の言葉にはガッカリしますが、いずれにしても「私の17歳」は、運命的な出会いの前年。静かにひそかに赤い糸のエネルギーが動き出した大事な年とでも言えるのでしょうか。