
![]()
| ニックネーム | シーサー |
| 担当学年 | 第3学年 |
| 担当教科 | 総合コンピュータコース |
| 趣味 | ロードバイク・三味線・スノーボード・サッカー |
| 特技 | ロードバイクのメンテナンス |
| ひとこと | 「いちゃりばちょーで」“出会った人はみな兄弟”という沖縄の方言です。皆さんとの出会いを楽しみに待っています。ぜひ一度遊びに来てください。 |
皆勤賞を目指していたのに・・・
0校時。みなさんはこの言葉を聞いたことがあるでしょうか?私が卒業した沖縄県立那覇西高等学校というところは、世にも恐ろしい0時間目というものが存在していました。まず6時30分に起床、寝グセを直す間もなく7時30分からの0時間目に合わせて家を出ます。みっちりとこなすその授業は、私たち生徒の脳が覚めることなく進行していきました。それが終わって初めてホームルーム、1時間目から6時間目までと目の回るような過密スケジュールを3年間過ごしました。しかも当時、私はサッカー部に所属していたので、朝の練習がある日には6時30分に登校していました。今思い出してみると、我ながらよく通っていたものだなあと感心します。特に3年生の時には、皆勤賞を目指して無遅刻無欠課の記録を保持していました。しかし、ある事件によって私の皆勤賞はもろくも崩れ去ってしまったのです。
それは忘れもしない体育の時間、かねてから部活動のなごりで腰痛を持っていた私は、回復し始めた体でサッカーの授業に臨みました。自分の得意分野であり、久しぶりということもあってついつい張り切ってボールを蹴っていたのも束の間、「グキッ」という鈍い音が聞こえたのです。記憶がとんでしまうほどの激痛が走り、気がつくとそのまま立てなくなった私の周りを担任の先生やたくさんの生徒が取り囲んでおりました。友人に抱えられながら私は、担任の先生に「先生、僕は欠課になるの?」と言葉弱げに質問すると、「大丈夫だよ、だから早く病院に行きなさい」との返事でした少し安心しながら私は体育着、しかも裸足のままで病院に向かったのです。
そして迎えた卒業式、私の通信簿には“欠課1”という数字が燦々と輝いておりました。儚くも美しい?私の17歳でした。
