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| ニックネーム | 募集中!! |
| 担当学年 | 全学年 |
| 担当教科 | 国語 |
| 趣味 | 読書(ホラー以外なら何でも)・散歩(放浪) |
| 特技 | どこでも寝れる。イタリア語 |
| ひとこと | 一緒に楽しい学園生活を送りましょう!Chi trova un amico trova un tesoro.(友達は宝物) |
小さな夢がかなった日。
私の高校は田んぼに囲まれた大きな学校でした。朝、家から地元の駅までまず3km。そこから1時間に1本しかない電車に乗って20分、駅を降りてさらに自転車で20分。友達とおしゃべりしながらの通学でした。
部活は弓道部。19時までの部活を終えた後、猛ダッシュで着替えをすませ、これまた猛ダッシュで駅へと向かいました。なんせ、1時間に1本しか電車がないので(あの頃は19:39発、それを逃すと次は21:08発の終電でした)、「今日~時電」というのが電車通学の友達の間での普通の言い方でした。土地柄もあってか(?)とてものどかな日常でした。
17歳の6月。父が白血病で他界しました。それがこの年の不思議の始まりになろうとは、そのときは考えもしなかったことでした。
父の四十九日の日、英検の二次試験で友達とI市にいった私は、あるテレビ番組のインタビューを受けました。「あなたの夢は何ですか?」――友達はすらすら答えるのに、私は思いつきません。半ば勢いで「ケニーGというサックス奏者と一緒に演奏して、他界した父に聞かせてあげたい」というようなことを言いました。小・中学校吹奏楽部だった私たち姉妹に、父は生前、私にはクラリネットを、妹にはテナーサックスを買ってくれました。その頃には父は病床にいて、私たち姉妹は一度も楽器の音を聞かせてあげることはできませんでした。四十九日の供養かな、なんて、帰ってみんなで笑ったくらい、その『夢』はとても非現実的なことでした。
そんな記憶も薄れたある日、テレビ局の方から電話がかかってきたのです。――「あなたの夢をかなえることになりました」――その日はちょうど、百間日の日でした。
そこからいろいろなことがありました。演奏する曲は、父が生前妹にリクエストした『夜霧よ今夜もありがとう』ではなく、ケニーGの『the moment』。練習は毎日、学校が終わってから深夜にまで及びました。
12月、ロサンゼルスのあるホテルの一室で、その『夢』は実現されました。
「契約上一緒に吹くことはできない」、それでも聞いてくれるなら、と、私と妹が吹く精一杯の『the moment』。最後のワンフレーズ、彼がソプラノサックスを手にし一緒に吹いてくれたときは、ドキドキでいっぱいでした。
さらに。サプライズで彼は私たち家族のために、なんと『夜霧よ今夜もありがとう』を吹いてくれたのです! このときばかりは、母も妹もそして私も、涙をこらえることはできませんでした。
翌年1月、私の『夢』は放送されました。
たくさんの方の協力を得て実現した『夢』でしたが、あれはきっと『お父さんマジック』だったに違いない、と、私の家族はいまでもみんなそう思っています。
あれから10年以上がたちました。いまでもあのときの音は鮮やかに耳の奥に残っています。
どんなに小さなことでも『夢』をもち続けることの大切さを教えてもらった17歳でした。
