杉山 篤史先生

ニックネーム  あっつん・スーパーレモン 
担当学年  第2学年
担当教科  2年総合コンピュータコース・世界史(2年)
趣味  食べること・寝ること
特技  人を驚かせること
ひとこと  そろそろ体のことを考えてダイエットしようかと・・・

 

マーチングバンド部で学んだこと
 私の17歳は思い返してみれば部活・部活の毎日だったような気がします。部活は何をしていたかというと、なかなかわかりづらいと思いますが、「マーチングバンド部」でした。どういうことする部活なの?と聞かれると、結構説明に時間がかかってしまうほどあまり知名度がないのですが、簡単に言うと、楽器を吹きながら、歩いて形を作る、演技をするという部活です。といってもあまり「ピン」とこないですよね。

マーチングバンド部ということで、本当は文化系の部活なのですが、実はこれがぜんぜん文化系ではなく、はたから見れば応援団なのではないかと思うくらい厳しい部活だったんですよ。

挨拶はどんな場所であろうと、大きな声で「押忍(オス)」。敬語も先輩には「あっちにいます」ではなく「あちらにいらっしゃいます」といわないと怒られるというような部活でした。入部してからとんでもない部活に入っちゃったなぁ~なんて思っていて、1年生のころは「明日は退部届けを出そう」とばかり毎日思っていました。とてもつらい日々を送っていたような気がします。また、私はチューバという楽器を担当していたのですが、この楽器が1台10キロほどあるんです。そして練習前には先輩の楽器も持って(合わせて20キロ)多摩川の土手(練習場)まで走っていくことが毎日の部活の始まりでした。走ることが苦手で文化系に入ったはずなのに・・・。

ということで、高校生活といえば本当に部活ばかりやっていたんですよね。じゃぁ勉強は?というと、これもまた辛かったんですよ。特待生という形で高校に入学したのはよいのですが、成績が下がれば「特待生取り消し」という状況を迫られていました。が、しかし、17歳の中間テストでの事。いつも定期テストでは、5番以内には必ず入るよう頑張っていたのですが、一度だけどうしても、テスト勉強がはかどらず、42番まで下がってしまったことがあったんです。そのときには、担任の先生にかなりきつく言われたような記憶があります。しかし、最後のチャンスをくださり、それ以降のテストでは挽回を図って、無事特待生を守り通し、部活動でも1年・2年と学年のリーダーを務め、3年生では、「主将」として部活をまとめました。

そんなこんなで、17歳を思い返すと辛いなぁ~と思ったことが多かったような気がします。でも、今となってはそんな思いも良い思い出です。私は勉強にしても、部活にしても、辛いことを乗り越えたからこそ、今の自分があるのだと思っています。辛いことを避けて通るのははっきりいって楽なことだと思います。ただ、そのときを乗り越えれば自分自身にとって大きな力となることを高校生活を通して教えられたことだと思います。

私は、勉強して学ぶことも確かにありましたが、それよりも部活を通してもっと大切なことを学べたと思っています。部活を辞めたいと思っていたときに、もし本当に辞めてしまっていたとしたら、今の自分はなかったと思います。おそらく、今こうして教員をやってはいなかったでしょう。勉強は卒業してから、正直やろうと思えばいくらでも出来るんです。でも、高校生活は卒業したら2度と経験できない事なんですよね。高校生活を終え、戻りたくても戻れない、つくづくそう感じる今日この頃です。