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東京国際学園高等部
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■保護者の方々より
〜元気に、ひと回り大きくなって帰国した我が子〜
H11年4月 |
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■H (※ 今回娘さんが2度目の訪問でした)
期待の中にも不安な面持ちで出発していった1回目のラオス訪問。ステイ先のご家族との再会を楽しみにしながらも、「今度はもっと分かり合えるようになりたい。少しでも何かのお手伝いをしていきたい。」と、準備に頑張っていた2回目の訪問。幸いにも、娘には2度の素晴しい機会が与えられました。
2度の訪問の間隔は、ちょうど半年。単に、学校が出来る前後を見ることができたということだけではなく、季節の移り変わりと共に生きる人々の姿を見ることができたようです。それが、まるで自然の一部のよに感じられた場面もあったそうです。
闇の中で、星と過ごすことの新鮮さ。その星のような眼をしたラオスの子供たち。快適さを求めることの多い自分たちとの違いを想い、自分たちには何ができるのか、どんな手伝い方をしたらいいのか、何に触れるべきではないのか等々、考えさせられた事が多かったようでした。できればこの先も、このような活動と係わってゆきたいという本人の言葉からも、どんなに印象深い体験だったのかがわかります。この素晴しい経験を今後の彼女の人生にどのように活かしていってくれるのか、私の楽しみが一つ増えました。
■ N (※ 今回娘さんが2度目の訪問でした)
『ラオスに学校を建てる』。・・・さて、ラオスはインドシナ半島のどこにあったかしら?こんな感じで、ラオスという国が我が家に飛び込んで参りました。そして親の不安をよそに娘は旅立ち、想像以上に、ラオスの自然と人々とその暮らしに慣れ親しんで帰って参りました。
たとえ日本の生活とは格段に遅れているとはいえ、そこで暮らす人々の人なつこい笑顔。感謝の心やおもてなし。真夜中のスコールの音。住居の下に寝る牛たちの息づかい。鶏の鳴き声と共に起きる生活。しっかり自然と共存する暮らしのあること。ゆったりと過ぎる日々。また、言葉は通じなくとも歌や遊びを通じて子供たちと心を通わせた楽しさ。どんなに充実した日々であったかが、娘の口からほとばしり出てきました。そして今、彼女の将来を考える時期にあって、「ラオス」という3文字が、考える起点になっていることは確かなようです。
まだまだ成長段階のアンバランスな心を持っていますが、純粋で感受性の豊かなこの時期に体験した事は、娘にとってかけがえのないものとなっていうことでしょう。
このような機会を与えてくださいました校長先生ならびにご尽力下さいました皆様、また皆様方からの募金に感謝いたします。そしてまた、人間にとって何が大切なのか、その社会にとって何が大切なのか、を純粋な心で考えながら、これからも、ラオスに学校を建てるというポジティブな行動を発展させていっていただきたいものです。
■I
ラオスに学校を作るために娘はラオスに向かった。1週間ぐらい前から支度を始めている彼女は、不安を見せながらも初めての海外にワクワクしている様子だった。私は海外へ行った事などないので不安もあったが、娘が無事に帰って来てくれるようにと思っていた。
娘が言うラオスの様子は、とても貧しく、娘のような日本人の旅行者を見ると娘より小さな子供たちが品物を買ってほしいなど言うくらい貧困があるらしい。お土産にその品物を持って帰ってきた。
帰って来た娘に話を聞くと、ラオスでの食事は何とか食べられたらしい。ラオスの人はとても優しく接してくれたみたいで、娘はまた機会があったら行きたいと言っていた。
■MA
お恥ずかしい話ですが、今回子供がラオスに関わるまで「ラオス」が地図のどこにあるのかも知りませんでした。ただ、心配だったのは、今までボランティアなど関心がないような生活をしていた子がいきなり外国に行って何ができるのか?そして胃腸が弱いので逆に先生方に迷惑をかけるのではないか?という事でした。感心したのは、ラオスに行くための審査用の作文を懸命に書いていたことです。
春休みに入って毎日ラオスの研修授業に出席し、私達には特に話をする訳でもなくもくもくと準備をしていたようです。合格が決まってからは、時間があればラオスの子供たちと何をして遊ぶか考えていたようです。言葉が通じないから音楽を選んだのですが、ギターを持っていくと聞いた時は、荷物になるから無理だと私達は言ったのですが、やはり持って行きました。結果は本人が想像した以上に成功だったようです。帰国して何日かたった日に「本当はギターをあげたかったんだ。あの子たちはこの先も買えないから」と聞いた時、ラオスでの生活と自分の恵まれた生活のギャップを肌で感じているのがわかりました。
電気がつき水が出ることが当り前の私達の生活では、なんとなく理解できても、そんな中でわずか数日でも経験し生活した我が子の言葉に、その重さが少し分かった気がしました。
本人にとって短いボランティア体験でしたが、心の中にしっかりとボランティア精神が根付いたことを実感しています。本当に良いチャンスに恵まれ、初めての海外旅行で目的を持ってラオスに行った経験は、あの子にとって宝物の一つになっているはずです。
心より、行かせていただいた事に感謝いたします。
■ MI
初めての外国、それも国名しか知らなかったラオス。どうなるのだろうと親子でワクワクドキドキの出発前。春休みに、頭の中がラオスの事でいっぱいになった息子は旅立ちました。
1週間後、成田空港で私は満面に笑みを浮かべた息子を迎えることが出来ました。帰りの電車の中でせきを切った様に話し始めた息子は家に着いてからも喋り続け、それは深夜まで続きました。こんなに生き生きと夢中になって沢山の話を聞かせてくれたのは初めてでした。そしてそれは何よりのお土産となりました。
ラオスの人達との触れ合いや異文化の体験、自分の持ち味を活かせた事など、とめどない話の中で「生まれて初めて自分が主役になれた気がした」と言った言葉が強く印象に残りました。
息子の心の中にラオスという種が確実に根付き芽吹いた様な気がします。この先どのような枝を広げ、どのような花を咲かせてくれるのか、ラオスの活動の発展と共に見守ってゆきたいと思います。最後に、機会を与え導いて下さった先生方、ご尽力下さった方々に心より感謝いたします。
■ F
ある日、息子が帰ってくるとやや思い詰めた感じで「ラオスに行ってみようか。今募集中なんだ」と話しかけてきた。前回申込をしなかったのが気になっているらしい。そういえば若い頃に外務省へ出向して経済協力の仕事をしている頃は、ラオスやタイは身近に感じていたのを思い出した。意義のある経験はさせてやりたいと常々考えていたので、自発的に意志決定をするようにしむけた。
参加が決まってからは、本業のインターネットを活用して情報集めの方法を教えたところ、夜遅くまでパソコンを操作していた。翌月の電話代が少し心配になってきたほどで、その過程でラオス憲法の全文訳が出てきたりと意外な発見も多かったようだ。
海外経験は少しあるのでラオ語を知らなくても何とかなるさと強がりを行って出かけたが、帰国後は少したくましくなったようだ。
■ YU
ご一緒できた先生や友人の方々が、彼女にとって最高のキャスティングだったのでしょう。次回のラオス行きのチャンスがあればきっと行くと決めています。これはラオスにと云うより皆様とならと云う事なのかもしれません。
又、人との係わり方が苦手な彼女も何かの手応えを感じて帰ってきたように思いました。ラオスというお国柄が何かを授けてくれたのでしょう。
そして今後、便利に生活の出来る日本でこの体験をどう活かしてくれるのか、とても楽しみです。”夢見る夢子さん”の心の中にはっきりと見えた真実を、共に見守りたいと思っています。
最後になりましたが、お世話になりました校長先生や皆様方に感謝と御礼を申し上げます。
■YA
今回、『僕らの手でラオスに学校を』の運動の話を聞き本人も強い共感を覚え、また、兄が最近フィリピン・インドネシア・タイを旅行した経験談を聞いて東南アジアにも興味を抱きつつあったこともあいまってラオス訪問を心より希望しておりました。
ただ、ラオスを訪問するに際して、当初は開発途上国であるラオスの社会・経済面についての知識不足に対する心配、特に現地ホームステイの際の生活水準や異文化に対する不安感を抱いて出発したようです。しかし、訪問した地域の皆様、特にホームステイさせていただいたご家族、村の方々との温かい交流の中で、経済、生活環境や文化を超越した人と人との触れ合いを経験することができ、暮らしぶりや文化を超越した何事にも代えられない感動を覚えたようです。
この経験や感動をもとに、今後、『僕らの手でラオスに学校を』の運動に積極的に関わらせて頂くことでグローバルな視野でものを見、考える姿勢を養ってもらいたい。また異国のそれぞれの文化を「経済的な豊かさ」の物差しで計るのではなく、「人間の心の豊かさ」で計るという思いを育てていってほしいと願っています。
この企画に参加させていただき、ありがとうございました。
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