12月3日朝。私は新幹線で大阪へ向った。昨日は群馬への出張。「師走とは良く言ったもんだ、忙しいワイ」と独り言が出た。会議を2つ終えて宿に戻った仲間と、明朝「京都に行こう」ということになった。紅葉(もみじ)がまだ見られると誰かが言ったからだ。明朝3時間ほど時間的な余裕があることも理由となった。「そうだ!京都に行こう」のあのコマーシャルが頭の中に浮んだ。コマーシャルのコピーは偉大だ。 京都では観光タクシーに乗った。訪れた紅葉の名所の2つとも時すでに遅いのか色あせていてガッカリ。帰りのタクシーの運転手は「先週私が案内した東京のプロのカメラマンは、飛行機でやって来て、“こりゃダメだ、帰ります”といって写真も撮らず帰りましたよ」という。そうだったのか、我々だけじゃないんだと少し救われた思いのところに、「来年の春もう一度来て下さい、桜の花の素晴らしいところにご案内しますよ」という。なかなか商売上手な運転手さんだと思ったが、「地球温暖化で自然が壊されてしまって残念ですよ。京都は神社や寺だけの古都じゃなくて、自然と共存して初めて京都なんですよ。日本人のふるさとが無くなっていくのと同じことなんですからね。」私達は、「その通りだよナ。ウンウン」とうなづいた。
◆その日の夕方帰京した私は「香の会」という仲間の集まりに参加した。茶道、華道と並び昔からあった香道だが、一般にはあまり紹介されず普及もせず今まで来たという。香を鼻孔から体感するが、その香を言葉を使ってなかなかうまく表現できないところが体系化できないところだろう。それがまた自分の側に主体があるようで興味深い。いつも香を利(き)きながら若い女性歌手の歌があったり、中国琴やハーブやバイオリンの演奏があったりする。この日は品のいい初老の女性による和琴の調べを聞いた。 貴重で高価な宝物として正倉院に残される香木と同じ質の香木の香を利(き)いたりするが、私は戦国時代に信長が出陣の前に必ず利いたという香が何となく好きだ。信長が好きだということもあるが、ゆったりとした時間の流れの中で心が落ち着き、癒され、新しいエネルギーが涌いてくるような気がするからだ。この日の最後に琴は、唱歌の「ふるさと」を奏で、私はしんみりとしてしまった。鼻孔をつく香に別な刺激が増倍して涙腺まで届いた。ふるさとを離れている者にとって、この歌はバイブルのようなものだが、日常の中でなかなか聞く機会はない。余談だが、作詩者の高野辰之は本部校舎のすぐ近くに住んでいた。
◆12月6日(土)は講演会があり、終わったその足で私は長野に向った。7年前、若くて亡くなった同級生の法事に出席するためだ。750(ナナハン)のオートバイに乗っていて小石に乗りあげ、転倒し亡くなってしまった。夫を亡くし、子ども2人を育てながら多忙な毎日の中でストレスを発散できるわずかな時間の中で魔がさした。もちろん暴走族のような走りをする人ではない。同好の仲間のところに向う途中の事故だった。快活で明朗、スポーツウーマン、さわやかな彼女はみんなの憧れの的だった。幼い時から兄妹のように仲よく遊んで育った仲間として無念だったし、仕事のため葬儀に出られなかった悔しさもあって、帰郷のたびごと彼女の墓前に顔を出して来た。唱歌のふるさとの一節、「いかにいます父母、つつがなきや友がき…」でいつも彼女のことを思い出す。昨日の和琴の演奏でも彼女が偲ばれた。
◆法事が終わって実家でくつろいでいた私に、「どうしても私に会いたい」という老夫婦が訪ねて来た。私が法事のために帰郷することを母から聞いていたらしい。「あなたにお会いしたくてずっとお待ちしていました」というので私はビックリした。昨年の大晦日、山の中腹にある神社へ2年参りに向った私達は前を歩いている老祖父母と小学生の男の子と女の子を見つけ、声をかけた。 寒い北国の雪の山道を黙々と歩いていた子どもたちは、声をかけられびっくりしたような顔で私の方を見上げた。都会の神社や寺とちがい人ひとりとしていない雪の山道だから驚くのも無理はない。頭からスッポリかぶったコートのフードのわきから湯気が出ていて、少し上気した顔で2人は目をクリクリさせた。そんな2人がキラキラ輝いているように見えた私は「お前たちイイ顔してるなァ。それにこんな雪の山道、神社へ行くなんて偉いぞ!」とほめてやった。物心つくころから続けている2年参りだが、昔とちがい今は私の家族ぐらいしかいない。オーストラリアからやって来て1年間国際学園で手伝ってくれたサイモンも日本文化としての田舎の正月を味わせたいと同行していた。彼も仲間に入り記念撮影をし、その写真を彼らに送ってやったことを思い出した。老夫婦は昨年の秋、東京から山村での田舎暮らしを求めてやってきたばかりだった。その後、孫たちは東京に戻り、2人だけの生活になってから老祖母は「あの人に会いたい」と言い続け、私の母に「いつ帰郷するのか」と尋ねていたという。老祖母は少し心が病んでいて、あの日孫たちが誉められたことがこの上もなくうれしく心に残っていたという。老祖父は何とか彼女の病を治してやりたいと思い「心の安まる“ふるさと”を作ってやろうと思ってこの地に古家を買ったんです…。という「“ふるさと”は場所じゃなくて、やっぱり心の中なんですかね」と言った。
◆12月8日(月)。早めに帰宅したその夜、私はテレビから「ふるさと」のメロディーが流れてくるのを聞いてビックリした。ローソクのコマーシャルの挿入歌に使われていた。自社の製品のイメージアップに使って欲しくないなァ。がっかりしながらも、「ふるさと」に対する様々な思いが見えたような気がした。 |