◆蒙古来襲?
大相撲名古屋場所は、朝青龍の4連覇で幕を閉じた。千秋楽。大きな期待の中、大関の魁皇は土俵に上がったが、相撲の前にもう負けていた。挑戦者としてのファイトもなく、目は戦う光を失っていた。当たり前のようにいいところ無く敗れ、優勝の目は消えた。
悪く言う者は、モンゴル勢の力士の活躍と日本人力士のふがいの無さを皮肉って、“蒙古来襲、日本危うし”と言う。元寇(げんこう)のあの時は、神風が吹いたが、現代にはそれが無いのかと嘆く。
入学式にも参加してくれた関取の北桜関にこのあたりのことを聞いたことがある。「もうハングリー精神の差ですよ」とキッパリ。「我々は、小中学校時代に、好きなものを食べさせてもらい、暇があれば、ゲームに夢中でした。豊かさの中にどっぷり漬かった格闘技家という感じです。彼らは、故国を後にし、一族や国の名誉まで担ってのり込んでくる。常に背水の陣の姿勢には、かないませんよ」と言う。もちろん貧困から脱出したい、大金を摘みたいというジャパニーズドリームも大きな柱の一つになっていることも確かだ。
◆獲物を狙う鋭い目
プロの格闘家やスポーツ選手には鋭い目が似合う。私は熱烈なジャイアンツファンだが、広島の前田選手や中日の福留選手は好きだ。バッターボックスに立って勝負を挑むあの目がたまらない。しびれるほどにいい。巨人の小久保は、ダイエー時代からファンだったが、今の巨人の中にあって清原と2人だけがあの目を持った選手と思っている。
先述の北桜関には、何度か会っているが、優しい顔をした力士とばかり思っていたら、時々ドキッとするほど鋭い眼光を見せる。やはり関取だ、勝負師なのだと感心した。入学式後、体調があまり良くないと聞き、学園の薬局に案内した。人に紹介されるまま、いろいろな漢方を手当たり次第飲んだり、奥さんが良いと仕入れたサプリメントを適当に飲んでいるという。それなら本人の体質に合わせた薬を調合してもらおうと相談し調合してもらった。「その後調子がいいので、5月場所は期待してください」との言葉を信用して、楽しみに星取表を見ていた。結果は4勝11敗、見事な負け越しに終わった。今まで何度か場所終了の打ち上げに部屋を訪ねてきたが、さすが5月は遠慮をした。
7月の名古屋場所が近づいて、彼から番付表が届いたのでメールでお礼をすると、すぐ返信が届いた。「北桜です。先日は良い漢方の薬の調合ありがとうございました。5月場所はふがいない成績で申し訳ありません。体調は良くなり自信を持って臨もうとした場所でしたが、急性の虫垂炎になってしまいました。退院したのが場所3日前で、さすがにふんばりが効かず、あの成績になってしまいました。今場所は見ていて下さい。約束します」というものだった。「そうだったのか、敢えて知らせず場所を務めた彼に対して申し訳なく思った。「今場所は学園の皆んなで精一杯応援します。がんばって下さい」とメールを結んだ。
北桜は、9日目までただ一人全勝街道を進み、注目を浴びた。千秋楽に優勝は逃したものの、11勝4敗の見事な成績で場所を終えた。
◆稲作は子どもへの教育に似ている。
東京近郊で、教育活動の一環として、不耕起米を作って指導している保護者から手紙が届いた。不耕起栽培の稲作をしていると、子どもへの教育と重なっているところがたくさん見つかるという。不耕起米は学園でも取り組んでいる農法で、全国に広がりを見せている。農薬を使わないため環境が保護され、昔からの微小生物が田んぼに溢れるほど蘇える。従来は田を耕し、水を入れ、土壌がトロトロになるまで代(しろ)をかく。その中に大事に苗が植えられる。柔かい土の中では、根はすぐ張ることができ、苗はすぐ成長し、夏を経て稲が実る。雑草が生えないようにまた、病気にならないようにと農薬が散布される。不耕起米は冬の間に雑草が生えないように水を張っておき、固いままの土地に穴をあけてそこに苗を植える。土地が固いため苗は根をはるのに時間がかかるし成長も遅い。しかし、悪条件をのり越えた稲はたくましく成長活動を続け、米を実らせる。無農薬、有機農法なので田んぼの中は微小生物の天国で、小さな命の大合唱となる。従来の農法の稲の丈より1.3倍も大きくなり、収穫量も1.3倍にもなる。野性化した米ができたといえる。「甘やかしたり、手をかけないで子どもたちの本来の成長エネルギーを大切にしてやることの大事さ」を彼は説いてくれた。子どもの教育ばかりでなく、大人のスポーツの世界にもつながる共通の真理といえる。
◆神風が育っている。
朝青龍が今一番脅威に感じている力士たちがいるという。幕内の上位力士かというとそうではない。十両の若い力士たちだという。豊桜・琴欧州・萩原という三羽ガラスといわれる力士たちだ。琴欧州はブルガリア出身で、蒙古来襲といわれる現状に、外国人力士が立ちはだかるというのはなんだか淋しい。しかし萩原について言えば、千代の富士の剛と大鵬や貴乃花の柔を兼ね備えている大器といわれる。縁あって食事をする機会に恵まれたが、話すと人柄もいい。何っていったって17才(高2)だ。誰からすすめられた訳でもなく、自ら相撲部屋にとびこんでいって、入門したというのがまたいい。
様々なドラマを生んで場所が終わった。相撲も、蒙古来襲という視点ではなく、柔道のように世界のスポーツとして発展させなければならない時代かも知れない。しかし、ハングリー精神が常にその鍵を握るようだ。
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