◆誕生日は感謝の日?
この12月の中旬、私は台湾にいた。もちろん仕事でだ。親戚のようなつき合いをしている蔡さんという家にホームステイをしていた。ホームステイといっても、空いているマンションの一室を貸してもらっているという程度。食事等は一切自分で食べるということなのでとても気が楽だ。
着いた翌日の夜は、一家の37才になる次男の誕生日だった。私の歓迎会も含めて市内のレストランで夕食会が催された。夕食会に先だって主役の本人のあいさつがあった。「私は今日37才を迎えました。今私があるのは、両親が私をこの世に送り出してくれたこと、そして育ててくれ、応援してくれたことのお蔭です。感謝します。」といったものだ。参加者は30名程で大きな会ではないという。この日は3才の幼児から高2までの子どもたちも集まっていた。この子たちの祖父母は、孫たちが一同に集まり歓談する様子に顔がゆるみっぱなしだった。「私達夫婦はとても幸せです。こうした機会は親子の絆、家族の絆を確かめ合う大事な場です。」と言った。そのうちに孫たちが祖父母に向かってジュースのコップを持ち上げ、「今、私達があるのは、おじいちゃん、おばあちゃんのお蔭です。ありがとう!」と乾杯の仕草をした。子供たちの言葉は口先だけのものではないことは、聞いた私に良くわかった。この国では、結婚式なども盛大に行われるが、親や祖父母の誕生日も負けず盛大に祝うという。こうした家族のあり方は、いつも私の心を打つ。日本では、子供たちの成長の過程でこうした家族の絆を確かめ合う機会がどれ位あるのだろうか?自分のことを考えてみる。兄や妹の誕生日に集まったことは皆無だし、親の誕生日に集まった記憶もない。
◆お父さんごめんなさい。
5年程前に、この次男を含む家族と食事のあと、カラオケに行ったことがある。この次男は歌手になるはずだったというほど歌がうまい。熱唱しているうちに涙声になった。涙をポロポロ流しながら歌うのを見て私はびっくりして、「どうかしたの?」と尋ねた。通訳係りの長女が父親を指さした。よく見ると、父親も大粒の涙をふきながらうなずいている。「この歌は、“お父さんごめんなさい”という歌です。子ども達は、親の期待に応えられなかったり、仕事で失敗したり、心配かけた時、こうして歌で親に謝るのです。」という。この時の次男は「仕事に失敗し、それでもこれから精一杯がんばります。心配かけてごめんなさい。」と伝えたかったのだと付け加えてくれた。
一家の誰かが亡くなった時、台湾では、親族は子ども連れで集まってくる。親族ばかりでは無く、知人や近隣の人達もみんな家族を伴って弔問にやってくる。深い悲しみの中、それぞれが故人との関わりや、故人に教えてもらったこと、故人の業績などを参加する人たちに披露していく。幼い時、学生時代、若い時、社会人の時、愛を育み結婚した時代、それぞれの時の流れの中から故人の全貌が明らかにされる。最後にはその死をもって「生きていくことの大事さ」が伝えられる。もちろん子ども達にまでだ。「もう思い残すことは無い。葬儀を出してもいい」ということになって、初めて葬式が始まる。昔ほどその期間は長くはないが、それでも3〜4週間はザラだという。故人にとっても、これほどの手厚さならきっと本望と思えるだろう。人生で最も大事な“感謝の日”とも言える。
◆日本の最友好国はどこ?
日本人が大好きなのはアメリカだ。政治的にも経済的にも結びつきは深い。しかし、アメリカ人の対日本人関心度は驚くほど低い。修学旅行を通じて感じるアジアの国々では、中国は反日感情がかなり高いし、韓国もこのごろやっと雪解けムードになって来た程度だ。私は台湾ほど日本人への関心度の高い国は他には無いと思う。日本人の誠実さ、真面目さ、優しさ、技術力の高さなどを信頼し、尊敬している。ハーリー族のように、「日本人命」といわんばかりに、日本人の大好き人種まで存在している。
かつて日本人は台湾に日本以上の良い国を作ろうと努力した。干害治水や農業技術の伝習、鉄道、道路網の整備、身分制度の廃止や教育の整備など心からの支援をした。歴史的背景は全て台湾の為にというものばかりでは無かったかも知れない。しかし、代って統治した中国のあまりにもデタラメさとは雲泥の差のあることを台湾の人たちは良く知っている。ある神社は日本人が神様になっていたり、かつて自分が日本人になったことを誇りに思う人達も多い。武士道の精神や、弱い年寄りや子どもに手をさしのべ助けてやる家族の姿もそのまま残っている。何といっても台湾滞在中に、日本人というだけで野菜をプレゼントされたり、おまけをしてもらったり、笑顔で手を振ってもらったりすることばかりでうれしかった。台湾の人達は独自の文化を育てて来たといえる。だから私は“小中国”では決してないと思う。最友好国として「独立する台湾」を私は切に願っている。
◆他国の文化に学ぶ。
「冬のソナタ」に始まる今年の韓流ブームはとどまるところを知らない。10年程前、成田空港で、「修学旅行はどこへ行きますか?」と聞かれ、「韓国です」と答えた私に、「あまりきれいじゃない国と聞いています。行きたいとも思いません」と答えた中年の女性団体がいた。私は「すばらしい文化の国ですよ」と答えたが理解されなかった。ここにきて、サッカーの若者たちと、「冬ソナ」で、完全に両国はつながったようだ。台湾も同様に、「どうして、修学旅行が台湾なのですか?」と理解されないかも知れない。台湾で見つけた今年の資料がある。凶悪事件自体が少ないのに、殺人事件や暴力事件は大幅に減少している。日本とは正反対なのだ。 この春実施予定の修学旅行で、2つの学校との交流とホームステイ。子供たちの大きく成長する糧はいっぱいある。どんな生徒にもあたたかく友好的な台湾での一週間は、3年生にとって珠玉の時間に値する。この12月、3年ぶりの台湾で私はあらためて認識しなおした。
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