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2005年5月
従他們邦学到了、許多東西(他人から学ぶもの)
学園長 荒井裕司

◆熱烈歓迎をどう思ったか。
 台湾での修学旅行が終わった。訪問した二つの学校での地鳴りのような歓迎ぶりに、子どもたちはどう感じただろうか。

 バスを降りたとたん、ブラスバンドや合唱団による出迎え、窓という窓から手を振り、拍手をする学生達。「一体、何が起きたんだ…」とびっくりする学園の子どもたち。自身の予想をはるかに超えたこの事態を、理解できない生徒の顔が印象的だった。それでもセレモニーや交流が終わって帰途についた子どもたちの顔は、言葉を失い、興奮さめやらないものの、笑顔に溢れていた。くったくなく明るく、最後まで人なつっこく、会えたことの喜びを体全体で表現する台湾の子どもたちから“何か大切なもの”をもらったに違いない。

 帰り際に、三信家商高校の先生が言った一言が印象に残る。「ウチの生徒たちは、どんなにこの日を待っていたことか。だからこの日のために何日も企画し、準備をしました。」そういえば、教室内交流では、“内カギ”をかけて、他の平常クラスからのなだれこみ進入を拒絶していたクラスの多かったこと。まじめで素直で、どちらかというと社会的有用感の少なめのうちの学園の生徒たちにはとても大きな意味をもつ体験だった。

◆ホームステイは楽しい!
 更にホームステイをしてみるといろいろなことがわかる。その国の文化や家庭の様子や生活情況などもだ。いくら気どってみても、隠したつもりでいても見えてしまうから不思議だ。韓国では泊まった校長宅は、夫婦ゲンカの最中で、奥さんは出て行ってしまった。ラオスでは親戚中が集まってくれた。

 実生活の中に入り込んでしまうと、受け入れ側も度胸が決まる。そうなったところから、本当の意味での異文化の体験、人間交流の場が生まれる。

 この台湾でもホームステイ実現までに時間がかかった。依頼をしても断られ続けた。片道一時間の道のりを何度も何日もかけてやっと許可がおりた。一心不乱にお願いし、受け入れが決まったあの日のことは忘れられない。そういえば、ホームステイの実現は、ラオスも韓国も、沖縄という日本国内であっても大変だったと思い出す。今年のホームステイ組はどんなお土産を持ち帰るか楽しみだ。

◆またまたビックリ!台湾の現実。
 私もいろいろな国でホームステイの経験をして来た。この台湾では特に多くのことを知り、学んだ。結婚式やお祝い事には、必ず家族全員が参加する。もちろん子どもたちもだ。子どもたちはその中で、大人の社会を常に勉強するチャンスが与えられる。結婚式では「人として生まれ成長し、人と関わりながら社会に出ること、そして愛を育てて結婚すること」を知る。父の取引先の会社の新社屋の落成式では企業同志が信頼することや仕事をするということの意味も知る。親族の誕生日やお祝いごとでも一族郎党全員集まる。いずれも丸テーブルに、これでもかというぐらいに御馳走が並べられて宴会となる。

 葬式でも例外なく家族全員が参加する。亡くなった人を偲び、それぞれ関わったときや関わり方が説々と伝えられる。学生時代のこと、社会人としてのこと、結婚してからのこと。本人が生きて来た足跡や業績や思い出までもだ。3〜4週間も続いたあと、「もうこの人の葬式を出してもいい」と皆が認めたあと、お葬式が挙行される。子どもたちも、そして大人も最期は大勢の人に見守られ、「生きること」を改めて教えてもらう。台湾では家族や社会の絆が強く、全員が大事な教育の分野を担っているといえる。

 この5月、ホームステイ先で私は新たな発見をした。私が外出から戻り居間に入ると、そこに今年6才になったばかりの男の子が立っていた。歯をくいしばり、“気をつけ”をしていた。窓の外を見ていたかと思うと今度は仏壇に向いている。約束を破った罰らしい。立たされることは日本でもある。しかしここでは驚くほど長いのだ。しかも6才の子どもにだ。私が食事を終わり、日本のTVも見終わったころ、やっと開放された。若い父母以外の親戚も遠慮なしに叱り、怒鳴るのだ。兄弟で一番下の弟は軍隊から戻ったばかりだが、すぐ彼女ができたらしい。相手は短大の1年生だ。日本と同じように2人きりで部屋に閉じこもることも多いが、何かの度ごと、ドアがドンドンとたたかれる。「食事の用意の時間だよ。」「洗濯だよ。」「ふき掃除だよ。(床は石のようなタイル貼り。常に手拭きでぞうきんがけが行われる)」といっては家庭内の仕事を手伝わされる。食事後の食器洗いは1人でさせられていた。「交際が始まった時からもう家族の一員なのだ」と感じた。結婚という恋の成就があるかないかは別。家族の一員としてやれるかやれないか、どこまでの覚悟があるのか。人を愛するということは、本人だけでなく家族をも愛することができるかどうかということなのだ。

◆現場にヒントがある。
 最近、教育現場は揺れている。文科省の指針が左右にぶれているので、あたりまえともいえる。今春、確認したいことがあって文科省に電話を入れた。3年程前に「不登校問題の会議」に参加し、数多くの文科省の担当者とも親しくなったからだ。ところが3年経ったら私の知っている人は誰も居なくなっていた。全員が配置転換となっていた。国の人事に文句をつけるつもりは無いが、これで本当に地に足のついた教育行政ができるのだろうか?そら恐ろしい気がして来た。

 ところが、このところ文科省の若手の役人が“個人的に”と言いながら、私の学校を見学に来る。現状の教育行政が変わらなければいけないこと、どう変えるべきか考える中で、今の子どもたちの本当の姿を見たい、知りたいという思いなのだろうと解釈した。それぞれに「本当に勉強になりました」「私たちが勉強しなければいけないですネ」などと私の胸の内を察したかのような言葉を残してくれる。このように現場に足を踏み入れ、真実を知り、流れをつかんで更に子どもたちの心を理解してくれる担当者が増えてくれれば先は明るい。

 どんな難事件も必ず現場から解決の糸口が見つかるではないか。

◆私のウルルン滞在記
 私の滞在先で私の誕生日に合わせて祝いのパーティーをしてくれるという。あちこち電話をしてるうちに、参加者の数が「何人になるかわからない」という。うれしいことだが費用の面や会場の予約など大丈夫かと心配になる。私の大好きなTBSの「世界ウルルン滞在記」のラストシーンと同じ状況が近づいている。帰国の前夜のパーティーはどんなことになるのやら…。50代の私のウルルンはあの番組の若者たちと同じようにまだまだ続いていく。

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