◆ケガの功名
10月、腰に激痛が走り、足が動かなくなった。くせになっていたギックリ腰が悪化したらしい。「ヤバイナ…」こんな状況は初めてだから不安が襲う。秋は1年で一番忙しい時期だ。特に今年は、その度合いが違う。すべての土日祝日はギッシリ仕事で埋まっている。医師には、「4週間から6週間の安静が必要です」と言われ、なす術もない。痛みは容赦しない。座っても、立っても、寝てても痛いし、昼も夜も痛い。みんなの好意に甘え、キャンセルできるものはキャンセルし覚悟の安静をすることになった。
布団の上で横になるという生活が2週間続いた。いつの間にか昼夜逆転の生活になっている。30年近く関わった不登校や引きこもりの子どもたちの気持ちが良くわかる。昼夜逆転は自然と身についてしまう。しようとしてなるものではない。
普段見たことの無いテレビは、いつの間にか親友になった。お笑いタレントたちがこんなにいることや再放送の番組が毎日放送されることも知った。スポーツ好きの私が目を凝らして見続けたのは、プロ野球ロッテ・マリーンズの快進撃だ。パ・リーグプレーオフ、日本シリーズ、そしてアジア選手権などでの、ロッテ選手の伸び伸びはつらつとしたプレーには元気や勇気をもらった。
◆ライオンは全力で闘う。
今年のロッテの監督から選手、応援団が一つになって戦っている姿は気持ちがいいが、私には納得のいかない疑問点が2つあった。1つはアジアシリーズでの中国戦の戦い方だ。中国は野球の途上国だ。ナショナルチームと出場して来た彼らは、必死で「学習」しようとしていたに違いない。そんな必死のチームに対して、バレンタイン監督は、一軍半のメンバーを揃えた。相手がどんなに弱くても、最強メンバーで戦ってやることが礼儀ではないだろうか。完膚なきまでに叩き潰して初めて、相手は新たな闘争心が沸くものと思える。若手にチャンスを与えるという考え方は、中国に対しては礼を欠いたと思う。
その昔、相撲の千代の富士や北の湖は、そのあまりの強さに憎まれた。現代の朝青龍も同じだ。負けた日の土俵には、“円盤投げ”のように座布団が舞った。判官びいきの日本人には、貴ノ花のような小兵で必死に闘い、ギリギリのところで白星を積み上げていく力士に人気が集まった。憎まれても憎まれてもこれでもかと土俵上に相手をたたきつける北の湖が横綱になった時、彼の中学時代の担任がお祝いに駆けつけた。教え子の成長に喜び、親しみも込めてシャレで、「腕相撲をしよう」と言った。横綱は「いいですよ」と受けて立った。北海道から出て来て、中学時代を東京で送った頃の横綱とそんな経験があって、思い出をたぐり寄せたかったのだろう。だが、合わせた腕に力を入れる間もなく、「バタリ」と倒されたという。何の甘えも配慮もなく「勝負」だけがそこにあった。相手が誰であろうと「全力を尽くすのが私の生き方」と横綱は伝えたかったのだろう。元担任は、自分の甘さを知らされたと同時に、「彼こそが、国技を支える男」だと感動したという。私たち学園の子どもたちも、朝稽古の見学をさせてもらったりチャンコを食べさせてもらったりと世話になっている北の湖部屋だが、相撲界を支え、理事長は彼をおいて他にはいないというほどの人望は、こんな所にあったのだと思う。
◆ガムはかむもの?
今回の腰痛で、私は4つの病院をまわった。病院が信用できないからいくつも回って歩いた訳ではない。住まいの都合やMRIの検査の都合があり、最後は友人の医師たちのいる大学病院へと行くことになったためだ。ある病院ではビックリさせられた。受付や会計をしてくれる若い女性がガムをかみながら仕事をしていた。何回か通った病院だが、その都度ガムをかんでいた。他人にはわからないようにかんでいるが、誰もがみんな、それを知っていた。この病院の職員は、ガムをかみながら仕事をするのが許されているのだろうか?少なくとも私の知っている限り「最低のマナー」として、また常識としてこのことは理解されているはずだ。たまたま私は、その病院から他に移ることになった。すると、検査のための別施設への案内図が、間違って渡されてきた。松葉杖をつきながら長い距離を歩くことになった悔しさも加わって、「やっぱりそうか」と確信した。
ガムに関して言えば、私を感動させた、「最優秀チーム、ロッテ・マリーンズ」の選手やコーチ、監督までもガムをかみながら、またツバをはきながら野球をしていた。決して気持ちのいいものではなかった。「習慣の違い?」しかし、私達は日本人で、見ている子どもたちも日本人なのだ。スポーツにガムの効用がないとは言わない。しかし、一般的社会的常識を学び、マナーを習得していかなければならない若者たちに勘違いを起こさせるのではないか。このことはファンに対してネガティブに作用していることを知って欲しい。これが2つめの疑問点だ。
◆日本教育白書
日曜日には「たけしの日本教育白書」を見た。様々な教育の在り方が紹介された。その1つは「学校に行かない子どもたち」で「ホームスクーリング」のことだ。ある家庭の3人の子どもたちは、学校に行かず自宅で学習すると決めた。長女はその下の妹に勉強を教えてやり、2番目は3番目に教えてやる。「長女がわからない時は、誰に教えてもらうの?」の問いに「親です」と答える。無農薬の野菜などを家族全員で作り収穫する。調理も全員でやる。ニワトリや小動物も飼育するから、生物や理科の勉強もすることになるし、家庭科も自然と身につく。午後や夜には、家族や地域の人たちとバンドを組んで音楽を学ぶ。また、世代を越えた様々な職業の人たちから、人との関わり方や倫理や道徳を学び、貴重な体験や経験を聞く。社会に出るための知恵や技術も教えてもらう。伸び伸びと学ぶ中から自らの感性や個性も伸ばされ、「人として自立していく道」を見出していく。
アメリカには、「先生のいない学校」があった。一見、生徒たちは遊んでいる様に見えるが、それに飽きた子どもたちは、「自ら進んで何かを始めていく」のだ。自分のしたいこと、得意なことを求めて、他人に対して教えを乞うようになり、それぞれが先生と生徒の役割をするようになる。人から信頼され、必要とされる喜びを知り、個性も伸びていく。子どもたちは生まれながらに自ら学習し、伸びようとしているということの実証といえるものだった。
様々な教育の形態は日本でも少しずつ認められ進化しつつある。私達も自信を持ってその道を進みたいと思う。 ガチガチに緊張し、力だけが入っているスポーツでは好い結果が得られない。心に余裕をもって、伸び伸び楽しみながらするスポーツは、バレンタイン監督の野球のようになっていく。大事なものは、教育もスポーツにもつながっている。
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