東京国際学園高等部
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2006年7・8月
キラリ青春、今、むかし。
学園長 荒井裕司

◆七味温泉
 唐辛子のような名前の温泉があった。信州の秘湯だ。季節や時間によって湯の色が七色に変化するといわれている。濃い乳白色の湯は、帰宅したあとも、その硫黄の香りが一週間も抜けなかった。7月にこの温泉で高校の同級会があった。長野駅からの迎えのバスに乗って約1時間30分。温泉が近づくころ、道路に数匹の日本カモシカが現れて、その道をふさいだ。なかなか見ることのできない光景に身を乗り出し、口々に感嘆の声を上げた。バスの運転手は余裕の表情で説明してくれる。「最近はこの辺りで500匹ほどのカモシカが生息していて、農作物の被害も甚大です。」更に進んで、深い渓谷がぐ〜んと近づいて宿が近いことを思わせたころ、私が奇妙な物を見つけた。右手の脇の木の上に黒い物体。よく見ると動いている。「ああ、熊だ!」私が叫ぶと皆も確認し、「クマだ、クマだ!」と騒然となった。何せ道路のガードレールのすぐ脇の木だ。その表情まではっきりわかる。熊は熊でも、子グマだとわかった。何とも楽しそうに木の上で遊んでいる。「久し振りで見ましたよ。」運転手は今度は興奮気味だ。「お客さん達、運がいいですネ。親グマも居ますから注意して下さい。」熊笹の中にかくれているのだろう。人目には見えない。バスは、みんなの興奮もさめやらぬうちに宿についた。「いくつになっても、新しい体験や勉強はできるものだ」と思うとこのハプニングに感謝だ。

◆高ゲタの青春。
 30年たった高校の同級会は、「お前だれ?」という会話があちこちから飛び交った。戦後まもなく生まれた我々は、ベビーブームを作り、最近になっては定年退職の話題には変わってはいるものの、常に話題作りに貢献して来た。高校2年の時には東京オリンピックが開催され、「高校3年生」が大ヒットした。森進一や西郷輝彦、五木ひろしなどと一緒の世代だ。またビートルズやフォークが新しい文化や音楽を生み、大きなうねりが見えだした時代ともいえる。
男子だけの50人クラス。男女共同参画の意識の高い現代からはほど遠い、体臭ムンムン、それぞれがむき出しの個性をぶつけ合う騒々しいクラスだった。学校の正門は、東大の赤門のようで、更に周りはお堀に囲まれていた。あの真田幸村の居城の跡だ。正門までの道は石畳が続いていて、遅刻スレスレの我々はよくそこを走って、ものの見事に転んだ。寒い北国の冬は雪が積もったり氷ったりしていたが、私達はほとんどが高ゲタを履いていたためだ。
 もともとは男子校。女子も入れるべきだという波がやって来て、半分のクラスに女子が入った。それでも各クラス10名。50人程度だ。男子だけの我々のクラスは、女子が廊下を通るだけで、ワーワー、キャーキャーと、窓側に集まった。動物園のオリのようだ。女子生徒はその存在だけで興味の対象だったが、とりわけタイプの異なる美女が多く、その動向は注目の的だった。その中に髪が長く上品で整った顔だちの全校生徒の憧れの的だった女生徒がいた。ツンとすまして歩く姿から「聖少女」という言葉が似合った。高2の時、全校を騒がす事件が起きた。その聖少女が学年の文集に、「我が性への憧憬」といった見出しの文章を発表した。自らの生活の中の性的な部分の暴露、興味、憧れをつづったものだから、大反響となった。当の本人は、そんなことにはお構いなく風を切るように飄々と廊下を歩いていたから、そのギャップも話題となった。名物教師も多かった。入学して初日の数学の授業に立った教師が、黒板に問題を書いた。教科書の終わりに載っている問題だった。「わからん奴はおるか?」ほとんどの生徒は手を挙げた。「バカ!お前ら荷物まとめて帰れ!もう来なくていい。」と怒った。みんなキョトンとしている。「教科書はもらったら入学前に最後まで勉強しておくのが常識だ。甘ったれるんじゃない、それが自ら勉強するということだ。」あえて一人で憎まれ役を買っていた。今も同級会の度に、盛り上がる2つの話題。背があまり高くない私は高ゲタが大好きだった。背も思いも精一杯背伸びをしていた青春時代だった。

◆学校の果たす役割
 先日、三者面談の帰りに、「どうしても私に会って帰りたい」という母親が学園長室に来てくれた。会議や来客の間もずっと待っていてくれたその母親は、開口一番、「この学校に感謝をしたい。」と言ってきた。「あんなに学校に行くのが辛い、苦しいと言って不登校だった娘が、今は、『とにかく楽しい。』体調の悪い時でさえ、『学校に行きたい』と言って学校に行くのです。」「当時の私はどうしていいのか分からず途方にくれました。私は自らの職業が教師であり、学校は、指導要領に沿って、学力をつけてあげるところと信じて疑いませんでした。もちろん生活面での指導は当然ですが…。子どもたちの様々なニーズに応えられませんでした。この学校のことを知って『こんな学校があったのか』とまずびっくりしました。この学校の取り組みから学ぶことが多くて、今は職場の仲間たちと一緒になって、研究しています。そして会う人会う人にこの学校のことを紹介しています。このことをどうしてもお伝えしたかったのです。」その大きな瞳は涙をいっぱいためて、流れ落ちていました。話を聞かせてもらう涙腺の弱くなった私もガマンの限界を越えていました。教師冥利につきるうれしい時間が続きました。私達の仕事の大事さを改めて認識し、それでもなお、不登校状態にある子どもたちもいる。小さな自分だけの視点で物を見、不平不満を口にする子もいる。ファッションなど外面だけにとらわれ、自らを知ろうとしない生徒もいる。だけど、それが子どもたちなのだ。ものわかりが良くすべて大人のような子どもたちばかりでは、未来がない。それだけに、課題は多く、試行錯誤と失敗は続く。なんせ、教育にはマニュアルは効かない、生徒は一人として同じ生徒はいないし、動きも異なる。それでも学校や教師はやめられない。だって、こんな楽しくやりがいのある仕事はないからだ。
 帰り際に、「先生の学園便り、いつも楽しみに読んでいます。毎号毎号真っ先に読ませてもらいます。時々涙を流しながら読むんです。」と云ってくれた。「そうやって読んで下さる人がいるとわかっただけで感激です。」と伝えた。人間は単純なものだ。これで勇気リンリン、エネルギーは満タンになった。

◆讃歌(さんか)
 我々の同級会は宴会のあと声高に歌でしめる。まず校歌がある。続いて応援歌を第一、第二、第三と歌い、これに寮歌が続く。これがまた長い。更にスポーツなどで勝った時の凱歌があり負けた時に歌う讃歌がある。そのあと「信濃の国」という県歌がある。これが延々と15分ほど続いて最後は「故郷」で終わる。白ハチマキ、羽織袴、高ゲタの応援団とともに野球場で声が枯れる程に歌ったシーンがよみがえる。ギザギザ、トゲトゲだらけの若者が心を一つにし、仲間意識が芽生える唯一の時だ。
 「さくら国際」の野球部は、県大会に優勝したのち、新潟県代表と「もう一つの甲子園」を目指して戦った。敵は強豪、本物の甲子園を目指していた生徒も何人もいた。結果は延長戦で3対4で敗れた。この様子は朝日新聞でも大きく取り上げられ、また、読売新聞の全国版でも掲載され大きな反響を呼んだ。ダッグアウトに戻った選手たちは、泣きくずれていた。それでもお互いのミスをカバーし合い、肩をたたき合う姿に私は言葉を失った。仲間たちとの一体感、「一人じゃないことの確かめ」のように見えた。それぞれの思いの青春は動いていて、それぞれの夢列車も走っている。成長する姿。どんなことも学びにつながっている。そうだ、また学園便りに書かなくちゃ…。



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