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2008年1月,2月
ラオスの村で見たものは
学園長 荒井裕司

◆ラオス学校建設ワークキャンプ
 2007年12月19日。また新しい学びのスタートが始まった。5校目の学校建設のワークキャンプだ。総勢46名。保護者3名も参加してもらいうれしい。またフリースクールから中1、中3、更にオープン参加で中3女子と母親も参加してくれた。何度か参加しているが、身が引き締まる。何といってもアジア最貧国、何が起きたって不思議ではない。バンコクを経由して20日の朝ビエンチャンに到着。空は青く澄んでいて、あたたかい風がほほをなでる。気温は30度を越えていて、日本の真夏だ。寒暖の差に身体が慣れず驚いている。さあいよいよ胸のはずむワーキングキャンプの始まりだ。
 前日の成田空港のロビー。搭乗手続きをする障害をもったお年寄の手押し台車から杖がコロンと落ちるのを見つけ、私は思わず拾ってやった。その脇を外国人の女性が通り、その様子を見て「ナイス ガイ!」と叫んだ。何のことかわからず、私はその女性の方に顔を向けると、再度「ナイス ガイ!」と微笑んで私を誉めてくれた。欧米人にとってハンディを負った人への支援は、そんなにも評価されることなのだとあらためて知った。その視点から彼らが見るなら、子どもたちや保護者をまきこんだこのワークキャンプは、どんなにか尊い活動だろうか。子どもたちにこのことを教えてやりたい。

◆ラオスの村は熱烈歓迎
 ポンサワン村は首都ビエンチャンから100km。平野や丘を越えてひたすら走る。田舎道はボロボロ、それなのにスピード狂のような運転手は、すれちがいにさえ、速度を落とさない。ハラハラ、ドキドキのバスの旅だ。ポンサワン村では子どもたちや村人たちに熱烈な歓迎をうける。2年前に訪問し、つながった友情の糸は太くしっかりしていた。白いカベに赤い屋根の学校が、胸を張って建っている。「国が貧しい故に最低限の教育さえも与えてやれない」と思う親の気持ちは、歓迎ぶりからわかる。村人たちが用意してくれた歓迎式典、料理と歌と踊り。私達はただその溢れんばかりの感謝の思いを受け止める。「ここからみんな立ち上がってくれ!」「世界に羽ばたくように育ってくれ」と思わずにいられない。それにしても、この村人たちの明るさ、くったくの無さに救われ癒される。家族の絆の強さ、村人同士の助け合い、運命共同体のようなつながり。忘れかけている大事なものをあらためて考えさせられる。
 翌日はサイサワン村へ向かう。赤土の砂ぼこりは、風が吹くたびに舞い上がる。くつやズボンも朱に染まる。昨日の村よりかなり貧しくみえる。だが歓迎ぶりは決して負けてはいない。精一杯のもてなしだ。食事(なまずを初めて食べた)のあと歌と踊りがつづく。そのあと『東京音頭』が流れる。日本の盆踊りは国境を越えて村人たちに受け入れられた。キャンプファイヤーを囲んで熱狂的に踊りは続いた。
 村の朝は別れの朝。ホームステイ先の家族とは一晩で家族になった。別れが惜しい。あえて貧しい生活の中、文明国の日本人の若者を受け入れてくれた心意気は尊い。もしこれが反対だったら日本人は受け入れられるだろうか。ラオスの人たちの民度の高さに感謝したい。言葉は通じなくても人はわかり合える。心が通じる。体感はどの教科書にも優る。感じ方、受けとり方はそれぞれ自分なりでいい。「日本の子どもたちよ何かを感じてくれ。それはみんなの心の糧にきっとなるはずだから…。」そう言いながら私の目も真っ赤になった。
 涙も一緒に積みこんだバスは村をあとにした。大きく手を振る村人たちの姿は見えなくなるまで続いた。

◆トラブル発生!
  ラオスの1泊目のホテルでトラブルが発生していた。村で踊る予定の東京音頭の練習場所が提供してもらえないという。いつもプールサイドの広場を提供してもらっていた。そこが使えないという。それなら「他にどこか提供してもらえないか」というと、「お金をいただきます」という。来る度に無料で使わせてもらっていたと伝えると、「これはビジネスです。それはできません。」という。例年の扱いとどうも違うのでよく聞いてみると、経営者が代わったらしい。確かに入って来た時に異様さを感じた。正面入口はフロントで右側に今まではレストランがあった。今は工事中で砂ぼこりがロビーに流れ込んでいる。騒音もすごい。左にはソファーが2組おいてあるが、座ると何十匹という蚊の大群。部屋に向う廊下では脳天から打ちぬかれるような激しい工事音。プールサイドは工事機材の置場。せっかくの食事もそれを見ながら食べるというイヤな風景。そして「これはビジネスです。」だ。サービスの未成熟の国にありがちだが、あまりにもひどい。私は抗議をした。しかし受け入れられるどころか無視されることになった。「ビジネスはわかります。でも正当なサービスがなされて初めてビジネスが成り立つものではないでしょうか。」もし私がここの経営者だったら、工事中に泊まるお客様には、玄関ロビーに砂ぼこりが入らぬよう完全にシートで覆い、外観は小ぎれいにする。目立つところに次のようなはり紙をする。『只今改装中につき、ご迷惑をおかけします。皆様へはその他の面で徹底したサービスを心掛けます。(例えばとびきりの笑顔とあいさつ、ウェルカムドリンク、食事でのメニューサービス、記念品など)どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。何かご意見、ご要望がありましたらマネージャーまでご連絡下さい。すぐに対応させて頂きます。』こんな提案も受け入れてはもらえなかった。ボランティアのワーキングキャンプとはいえ、ツーリストハウスでもいいからきちんとしたサービスのホテルに泊まらせてやりたいと思い私は決心した。「2日後の宿泊はキャンセルします。」とすぐ旅行会社に手配を依頼した。45名もの緊急手配、しかしラオスの友人たちはそれを可能にしてくれた。料金もほとんどかわらず、フランス系ホテル『ノボテル』へだ。「このホテルの人たちが、お金だけではない大事な心を育てて欲しい」私はこのキャンセルを通してどうしても伝えたかった。

◆ラオスの村でみたものは
  かくしてラオスのワークキャンプは終わった。「子どもたちのために学校を建ててやりたい」という多くの皆さんの思い、しっかり伝えたつもりだ。参加した子どもたちの現場体験はどうだっただろうか。かつて学校の重圧やいじめなど様々な要因によって心に傷を負い、自分の悩みは全世界の苦悩のように感じていた子どもたちが、「他人のために何かをする」という活動を通じて自分を理解してくれただろうか。それが更に社会への自立につながって欲しいと願う。
 “ラオスのために そして自分のために”キャッチフレーズは教えてくれていた。

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