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2008年6月
梅雨空(つゆぞら)心模様(こころもよう)
学園長 荒井裕司

◆雨の木曽路
 六月の中旬の土曜日。私は長野の木曽路を車で走っていた。塩尻という街から木曽に入ったとたん両側に山が迫って来た。御岳山(おんたけさん)は濃い霧にすっぽりと包まれていて見ることはできない。くねくねと曲がりくねった山道は大型のトラックがスピードをあげてすれ違う。ヒヤヒヤしながらハンドルを握りしめる。「木曽路はすべて山の中である」という島崎藤村の『夜明け前』の一節は実感として迫る。長野に生まれても今までこの地を走ったことは無かった。多くの先人たちが、この地を歩き、旅をしたのだろう。宿場町の跡が、次々に目に飛び込んでくる。日本全国とび回って来た私にとって「初めての街」はもう慣れっこになっている。だが、今日はワクワク・ドキドキ感で一杯だ。日ごろ練習をつんできた子どもたちの長野県代表を決める野球大会の会場に向う途中だったからだ。

◆老師
 「こちらの天気予報では、明日はくもりのち雨だね。けれど、今は晴れてお日様が出ているよ。」野球の大会の前日、電話で天気の様子を聞いたのに答えてくれた恩師の答えだった。九州や中国地方の豪雨のニュースは、中部や関東地方にも間もなく激しい雨がやって来ると伝えていた。「何とかできるかな?」そんな思いになった。私の小学校時代の恩師は、長野県の南の地方、伊那に住んでいる。木曽とは中央アルプスをはさんだところになるが、気候は似ている。明日試合ができるかできないか微妙な天気に、現地の情報を知りたくて電話をしたのだ。
 戦後の混乱期、私が小学校5年の時に担任をしたこの先生は、大学を出たてのバリバリの若者だった。山育ちのヤンチャな我々をビシビシと鍛えてくれた。特に私はきかん坊で暴れん坊だったから、手を焼いたにちがいない。自慢できることではないが、通学路を帰ったことなどなかった。川の中で魚をとりながら帰る。山の尾根をつたって帰る。田んぼのあぜや畑のわき道を帰る。まともに通学路を帰っても楽しいことがなかったからだ。わき道には季節ごとに宝物があふれていた。川には魚がいる、山道ではたくさんの山ぶどうや山なし、イチゴやあけび、柿、リンゴなどの山の食料が手に入った。畑のわき道にはフキやつくしやスイバなどの食べられる草があふれていた。勉強なんて二の次だった我々に、この青年教師はまず徹底して新聞を読ませた。毎朝必ず新聞の記事に対する質問やテストが行われた。試験も文章を書くだけのものだった。@どんなことが起きたか Aそれに対して国や行政機関はどう対応したのか Bそのことはこのあとどう進展するのか C私はこのことに対してどう考えるのか 新聞をきちんと読むことで、変動する日本の姿を私達は知ることができた。だが清掃なんてまともにしたことがなかった私はよくなぐられた。階段ワキに並ばされ、先生は皮のスリッパで私の両ほほを思いきりなぐった。「歯をくいしばれ!」の一言のあと猛烈な音と痛みが走った。そんな先生に反発し徒党を組んで学校を脱走し、裏山にたてこもったこともあった。厳しい制裁はいつもスリッパと決っていた訳ではなくグランドに連れて行かれて、強烈なノックを受ける時もあった。カチカチの硬いソフトボールを素手で取るのだ。ひるんだり、一歩でも下って取るとやり直しとなる。「ノック30本!」を終えると手は真っ赤にはれてくる。猛烈なスパルタ教師だったが、それ以上に生徒に対する愛情は深く、新しいアイデアをどんどん取り入れて学校を改革していった。時々みんなでワラビ狩りを行い、山のような収穫を業者に売った。その代金を基に、体育館で臨時の書店が開かれた。生まれて初めて自分で買う本はピカピカでとても嬉しかった。芥川龍之介や島崎藤村の本が我が家の「家の光」の横に堂々と並んだ日は、胸を張ったものだ。そのスパルタ教師も今ではもう74才を越えるが、この日わざわざ応援にかけつけてくれた。

◆完敗!
 決勝戦が始まった。勝者は東京の全国大会に進む。相手は松本市のM高校。松本市は野球が盛んな街で、甲子園常連校の練習を見にたくさんの市民がやってくる。「今年はどうだい?」と市民同士が実力をはかり、調子をみる。土手ガラスといわれて、これも名物となっている。そんな街で野球をしている相手チームは体格的には小さいがよくまとまっている。この前の試合は35対0のコールド勝ちという。試合はさくら国際の圧倒的な勝ちかと思えた。実力もこちらがかなり上と見えた。打線も度肝を抜くホームランもあったりで、一回の表裏で4対0。しかし、勝負の神様は最終的に相手チームに微笑んだ。時間制限もあって逆転されたあとの反撃ができずに終わった。「神宮球場でやろう」の合言葉は夢と消えた。一回からの攻防を見ながら、私の恩師は一つずつ言葉を私にくれた。中学・高校の野球の監督も審判も務めたことがあるので、絶妙なヒントになっていた。「あのボールは効果的でいいナァ」「こうした時は落ちつくことが大事だよ」「ナイススライディング!」「あのショートのボールのさばき方はすばらしい」「ナイスセカンド、いい動きだ」私の大声をあげるだけの声援とは一味も二味も違っていた。

◆敗けることの大切さ
 試合が終わった。うなだれて、動くこともできなくなった子どもたちを見ながら私に向って恩師はつぶやいた。「絶対に勝てると思っていたんだろうなァ。勝負はほんとうに時の運。敗けてはじめて次の大きな試練をのり越えられるようになるんだよ。いい勉強したんだ。」こう言ったあと、恩師は帰っていった。 間もなく夏の全国高校野球大会が始まる。この大会の良さは、一校だけを除いて全ての高校が負けることを経験することだという。地方大会の第一回戦では、コールド負けなんていうケースもざらにある。どんな試合だって敗けた方は悔しいし、涙も出る。恩師の言う通り、この敗戦を試練にして大きく成長をして欲しい。閉会式から突然降り出した豪雨。私の涙もわからないように消してくれた。

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