弱小チームが、地獄の練習により大躍進を遂げた。
私の17歳?・・・学園便りは毎月読んでいたので、いろいろな先生がさまざまな経験を積んで今日に至っていることはわかっているのですが、いざ自分となるとどんなもんかな〜?まぁ、ちょっとだけ語ってみたいと思います。
私は、私立拓殖大学附属高校のハンドボール部で白球を追いかける毎日でした。朝は7時から始まり、夜は20時まで。休みは8月15日と、1月1日2日だけ。雨が降ろうが、雪が降ろうが関係ない。テスト期間中でさえ、部活が行われていました。とまぁ、ここまではよくある体育会系の学校なのですが、ここからが他とは違うところなのかもしれません。
私の15歳まで遡るのですが、私の中学時代にスクールウォーズというTVドラマがありました。不良の子達がラグビーを通して全国制覇するという内容なのですが、なんと!!我が部がまさに瓜二つの部だったんです。
高校に入学して1ヶ月が経とうという頃に体験入部期間がありました。私は中学の先輩が野球部にいたこともあり、その部に体験ではなく入部希望を出しにクラスメイトと部室に向かっていました。野球部の部室は校庭の外をぐるっと回っていかなくてはならず、めんどくさいなと思った私は校庭のちょっとした出っ張りの部分(後でそこは、ハンドボールコートだとわかったのですが)を、革靴(学校指定のローファーですよ・・・)でショートカットしてしまったんです。すると・・・
「おい、おまえ何やってんだ!!」
見ると、野球部とは違う部室から人相の悪い2人の先輩らしき人が、
「おまえら、ちょっと来い。」
と、言われおそるおするその部室に入っていきました。完全にびびってしまった私たちは、先輩の言われるがまま(先輩の巧みな話術に引っかかっただけですけれど・・・)入部。それが、我がハンドボール部だったんです。
ちなみに、その2人はその年の番長と副番長だったんですけどね。
入部した私たちは、とても幸せでした。先輩もやさしいし、練習は2時間くらいで楽だし、練習が終わるとジュースの差し入れがあるしとで・・・厳しい野球部よりこっちの方がよっぽどいいとさえ思いました。しかし、それが罠だったんですよ。体験入部期間が終わり本入部に突入すると一変して地獄と化しました。自分たちが翌年先輩と呼ばれるようになって初めてわかったのですが、1年生が帰ったのを見計らって猛練習が行われていたのです。何度も退部届を出しても、顧問に却下されてしまい結局3年間やってしまいました。
ちなみに顧問の先生がすごい人(私たちはマウンテンゴリラ略してマンゴリと呼んでいたのですが…)で、私たちが入学した年にこちらに赴任されました。元全日本のエースで体も大きく腕力もある先生でいつもぶっ飛ばされていました。怒られちゃうかな・・・。そんな先生の下で、きつい練習がつづき次第に強くなっていきましたね。
1年目で東京都ベスト8、2年目で4、私がキャプテンを勤めた3年目で3位と、悪たれ弱小チームが大躍進を遂げたのも、その地獄のような練習があったからだと今でもみんなが集まった飲みの席で話されます。後に我がチームは東京都代表となり全国ベスト8まで登りつめたのは卒業して間もなかったと思います。
私の17歳に戻りますが、そんなわけで、私は女の子とも付き合うことができず(交際禁止令が部にありましてね)遊びは部活のない限られた日だけでしたね。
それでも、なんか輝いていたな〜。
皆さんも始めはどうであれ、何か1つのことに打ち込むことが出来たなら、将来自分を振り返ったときにいい思い出になっているに違いありません。頑張ってください。以上で〜す。
ところで・・・ホームページ上で伝えるのは難しいのですが・・・
現在心にストレスを感じているあなた⇒是非この先生と話してください。
きっと気分すっきり癒されますよ。そうです。コイト先生です(^.^)
コイト先生へ |